不定期戯言

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2012.01.27 (Fri)

不遜な考えを連発してみる

・月曜日はちょっと無理してプ会へ。そのときに「WordやExcelを教える必要があるのか」という話題がでた。私の考えは,先にWordやExcelがあるのではなくて,考察したい対象がまず先にあって,それを扱う上でコンピュータを使わないとどうしようもない状況が発生するから,そのための下地となる能力としてそれらが必要になるだろうということだ。それが目的なのだから見栄えの整形だとか,計算式を使わない表計算の利用なんてことには何の意味があるのかわからない。でもどうだろう,世の中にはコピペや穴埋めをすることで仕事ができてしまう人もいるんじゃないだろうか。だから「そのための」ツールとしてのWord,Excelを学ぼうとする人もいるような気がするんだ…。

・職場の会議というか意見の拡散を目論んだ会合で「生徒が試験前に勉強してるようじゃ終わりだ」という発言をした。もちろん試験前には試験前用の勉強があるのだから(スポーツ選手が試合前の調整をするのと同じように),試験前にまったく勉強しないのがいいということではない。しかし生徒を見ていると,それ以前のことを試験直前になってからやってるように見える。試験前にしっかり勉強をさせるという考え自体は悪くないのだけど,その「しっかり」が何か間違ってるような気がするんだ…。私は勉強や仕事については腕力にものを言わせてやってきたところがあるから,点数をとるための技術というようなことは今でもよくわからない。

・こないだtwitterに「回り道の一つもしないで何が勉強だ」と書き込んだら数人にRTされた。今『アホ大学のバカ学生』(石渡嶺司・山内太地著)を読んでるんだけど,第4章のバカ学生がまるで私のことを言ってるみたいだ。今でもそういうところは残ってるけど,効率よく利口な手段を選ぶために何かを我慢するなんて耐えられない,待つことの嫌いな(って『青い麦』にあったっけ?)そんな男の子だったから。そうして通ってきたいくつもの回り道が,決して無駄にはなってないという実感がある。もちろんそういう実益があったことだけがいいことじゃなくて,楽しかったということが一番。

コメント(2)

tkamada wrote at 2012-01-29 17:17:

どれも全く「不遜」に考えない僕は終わってるでしょうか...

わたやん wrote at 2012-01-30 09:41:

こんなことを書くくらいだから,もちろん私も不遜だとは思っていません。世間様に対する配慮ということでこう書いてみました。
やはり「不遜」にはカギカッコをつけておくべきだったかもしれません :-)

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2012.01.21 (Sat)

論理的思考の放棄

・Facebookで長瀧氏が,登大遊氏の「論理的思考の放棄」を紹介してたので読んでみた。普通の開発者の作業量が数百〜数千行/月であるというのは私から見ても少ない数字なのだけど,開発者集団というシステムの中で仕事してるといろんな「作業」が必要になるからじゃないのかなあという風に思ってしまった(「人月の神話」じゃないけど)。登氏の数千〜1万行/日というのはすごい数字だと思うが,これは設計が彼の頭の中で出来上がっていて,あとはそれを書き下すだけになっているからなんだろうなあと想像する。

・彼のいう「論理的に考えないこと」はすごく納得いく話だ。たとえば私が数学について何かを考えるとき,それを支配しているのは論理ではなく感覚だ。そして考えた結果を表現するときに論理が使われるが,それは単なる作業に過ぎない。

しかし学校の勉強ってこのアウトプットで使う論理のことしか教えてないんじゃないのかなあ。でもそれじゃ何も「考えて」いない。肝心なのは自分の中にどれだけ数学の世界を作り上げるかということだと思うのだけど(張栩棋聖が言ってた「精密な碁盤を頭の中に作る」もそういうことなのかな)。

プログラミングも同じようにきっちり設計で「考えて」しまえば,コード書く最中に考えて手戻りしなくていいのかもしれないなあ。

・おまけ:ずっと前にFacebookで「感電したことがあるか」という投票があったのだけど,元ネタってこれ

コメント(5)

だきわ wrote at 2012-01-22 10:46:

感電したことあるよ。コンセントから直接とトイレの便座が漏電してた。

のぐー wrote at 2012-01-22 14:02:

理系なら誰でもあると思ってたけど違うのか?>感電

わたやん wrote at 2012-01-22 23:05:

かみさんは感電したことがないそうで,それを聞いて「そんな人生もあるんだ」と新鮮な気持ちになりました。

tss wrote at 2012-01-23 12:36:

残念ながら直流で感電した経験がありません。

だきわ wrote at 2012-01-23 13:15:

雷が目の前3メートルに落ちたことなら1回ありますね。これも直流?

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2012.01.15 (Sun)

センター試験

・昨日今日はセンター試験だったようだ。英語だけざっと解いて自己採点してみた。154点か,さっぱりだな。そういえば,日本語で答える問題ってなかったような気がする。前からこんな風だっけ?

・訂正:採点ミスしてた。正しくは160点。

コメント(1)

NatashaNal wrote at 2012-01-19 16:01:

私は無料でダウンロードしたい XRumer 7.0.10 Elite??
私はURLお願い与える!!!

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2011.12.09 (Fri)

彼らが身につけるのは(続き)

・昨日書きかけたこと「脱・解答読解」に近いような気がするのだけど,そう言ってしまうと1行で終わってしまうのでもうちょっとだらだらと書いてみる。

・確認テストをやって追試をやって…という一連の流れがあるのだけど,最初のテストの勉強をろくにせずに,テストの問題を見て「この問題の解き方を見直せばいいや」と考えてそれだけを覚えて追試で受かる,という不毛な作業をよく目にしていた(ここ数年は数学を担当してないから,最近はどうなのかよくわからないけど)。それだったら昨日のだきわさんのコメントにあるように短期記憶だけでこなしてしまえるのだけど,でも何の能力にもなっていない。それで勉強したとか錯覚するのは本人にとって不幸だ。

・仕事の息抜きにYahoo知恵袋に解答を書き込んだりしてるのだけど,そのときは何も考えずに書き込んでいる。頭を使うような回答はまったくしていない。たとえば二次方程式の解を求めること,たすきがけで因数分解をすること,因数定理で高次方程式を解くこと,(高校の範囲の)積分をすること…そういったことはまったく頭を使わないでもできる(手作業はするけどね)。そうなってようやく,考えるべき事柄を考えることができるようになる。

考えなくてもできることをやるのなら,誰がやっても同じだから,それをできることやそれをできる人に特別の価値はない(いくらでも代替がきく)。自分がやることに価値を持たせるためには,他の人がやっては同じにならないことをしなくては話にならない。そのために「考える」のだ。そして「考える」ことができるためには,誰でもできることを考えずにできるようにならなくてはいけない。そのために確認テストが作用してくれるといいな。

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2011.12.08 (Thu)

彼らが身につけるのは

・同僚と話していて思ったこと。生徒達は,わかることよりも解き方や,もっといえば答え方を覚えることにやたらと走ってる気がする。詳しいことは後日。今日は疲れた。

コメント(2)

だきわ wrote at 2011-12-09 08:53:

ややもすると数学の問題集の答えを頭で覚えようとするんですよねえ。しかも一夜漬けだから海馬まで到達しない。そんな短期記憶僕ならいりません。

わたやん wrote at 2011-12-10 00:23:

そんな記憶ができる能力は私にはないので「すごい」とは思うのだけど,全然うらやましくないです。いつかお前ら仕事するんだろ,仕事って責任がついてくるんだよ,誰かの思考のコピーにお前が責任負えるのか?…って言ってやりたいんだけどね。

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2011.11.17 (Thu)

主よ,タネもしかけもないことをお許しください

・Facebookで「プログラミング教育をすることの良さは何か」という話があって,コンピュータは魔法じゃないってことをわかることとコメントしたら,何人かから賛成する意見をもらった。ちょっとうれしい。

・でもそれってコンピュータ科学に限ったことじゃないはず。およそ理系の科目がやってることって,「不思議」をひとつずつ解きほぐすことだと思う(文系の科目もそうなんだろうけど,それを納得できるような勉強をしていないのでよくわからない)。それを操れるところまでいかなくていいけど,人が操れるようになってるんだということの理解,操っている人への敬意,そんなものができてほしい。

・一方で,数学の解答を「呪文」のように暗記して忠実に(正確に,でなく)書き写すことを勉強だと思っている人にとっては,きっと数学も魔法なんだろう。「数学というものを,入試の枠組みの中でしか見られない人も,世の中にはいるんだろうなあ」とつぶやいたのは,そういうことでもある。

コメント(4)

たろ wrote at 2011-11-18 05:11:

「魔法じゃない」に賛成票!
相方に「思った通りに動くんじゃない、書いたとおりに動くんだ」
と事あるごとに言われますが
未だプログラムがわかっていない自分には
「魔法じゃないけど未知のもの」です。

だきわ wrote at 2011-11-18 06:25:

そういう人は僕の周りに3人はいます。いや若者が入ったらしいから5人か。

わたやん wrote at 2011-11-27 18:42:

理解できることがベストなんだろうけど,理解はできなくても理解する方法があることを知っているだけでもずいぶん違うような気がします。

久しく数学を教えてないので,最近の状況はよくわかりませんが,以前より良くなっていることは多分ないだろうという気はしています。

だきわ wrote at 2011-11-28 06:45:

数学を教えてない数学科所属の情報教員(誰)は数学を教える教員から疎まれかつ蔑まれています。
もう田舎に引きこもろうかな、という思いが……。あかんなあ月の朝は。

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2011.10.26 (Wed)

研究者の仕事術

・Facebookでだきわさんが「研究者の仕事術」を紹介してくれたので,前に書いたこととつながる気がして,興味深く読んだ。研究につながらない部分が多いこと,でもそういう言語化できない部分も大事だということ,文献とフィールドワークが両輪であることなど,力づけてくれる話だった。

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2011.10.22 (Sat)

高校数学・新課程を考える会

・TeXユーザの集いを中座して,立教大学池袋キャンパスへ。

・統計教育の理想はたしかに充実したものがあるのだが,実際にできてきた教科書を見ると計算ばかりに見えなくもない,このギャップは何…という話が出た。しかし現実の話として,統計を利用して考えるレベルの話まで教科書に載せたら現場で対応できるだろうか,「今はまずここまで」ということで,高校で新しく扱われるようなことが常識になる(あるいはもっと低学年に移る)のを期待して,次の指導要領改訂を見据えた話もしなくちゃいけない…なんて流れになったのだが,これって教科「情報」でいつも言ってることと同じじゃん。

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2011.10.19 (Wed)

学校の研究はどうして実践報告になってしまうのか

・熊本大学教育学部情報教育研究会のブログの,表題の記事がtwitterでRTされていたのでざっと目を通してみた(最近の記事は統計講座になっているのでさかのぼって)。

・確かに,書いてあることはわかる。でもそれ以前に,授業やってるうちに研究に「しばられたくない」みたいな気持ちになってしまうんだなあ。仮説を検証するにはこれを続けて効果を見るべきなんだろうけど,こうした方が反応がよさげだから新しいアイディアを試してみたい,でもそうなると元の仮説の話を離れてしまう…みたいな。私もPenFlowchartを使わせるにあたって,こういう比較・調査をしたいという思いがあったのだけど,授業で反応を見るとその比較が成り立たなくなってもいいから軌道修正してしまった。もちろん最初の計画が甘かったということは否定しないけど,やってみなきゃわからないことは多分にあると思う。

コメント(2)

だきわ wrote at 2011-10-20 11:03:

確かに,これは大学院で肌感覚で学んだことだなあ。
僕が授業実践自体を研究テーマにしなかった(教員の研修がテーマ)のは,こういう難しさがあるなあと途中で思ったからですね。
学校経営的なテーマで学位取るのと授業研究的なテーマで学位取るのとどっちが楽(といってもどっちもキビシイですけど)かと言えば遥かに前者です。

わたやん wrote at 2011-10-24 18:38:

「教員の勘」だけじゃいけないような気がすることがあって,でも研究となるときっともっと難しいんだろうなあと思います。せめて何か定量化して自分の中で積み重ねることができればいいのだけど。

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2011.10.14 (Fri)

knowとunderstand

・職場の同僚のブログで,knowとunderstandの違いの説明があった。今まで持っていた違和感が解決された気がする。たしかにknowの方が深い確信であるというのは,文章を読めば感じることなのだけど(たとえば教えてもらったばかりのことについてI understand it.とは言えるけどI know it.と言ったら感じ悪いだろうなみたいな),ずっと「know=知っている」「understand=理解する」という一問一答式の対応が頭にあって,その理解を妨げていた。

・聖書で誰それを「知る」というとまたアレな意味だし。

コメント(5)

junsuke wrote at 2011-10-14 23:31:

目からウロコでした!英語は一時期かなり勉強してたけど、深く考えたことなかったです

沙無猫 wrote at 2011-10-15 05:47:

そんなの常識っていうか、感覚に染み付いてます

tss wrote at 2011-10-15 15:50:

うーん、日本語は、いや最近の世の中の状況は逆になっているような。
答えを「知っている」けどなぜそうなのかは「理解していない」みたいな。

ほった wrote at 2011-10-19 00:17:

クイズを解くための勉強と興味を持っての勉強の違いみたいなものでしょうか。

わたやん wrote at 2011-10-22 08:00:

>junsukeさん
英語についてはこういうのありますね。中学高校で習ったのは訳を「書く」勉強であって,意味をわかるためじゃなかった気がします。今になってみると。

>沙無猫さん
感覚は明らかにこう言ってるのに,最初に習ったときの「知っている」「理解する」が邪魔するんですよね。

>tssさん
「答えはわかるんですけど,どうしてこうなるのかわかりません」…って,おまえ,それは答えわかってるとは言わないんだよ,と言いたいことがよくあります。

>ほったさん
クイズというか,問題に答えを書くための勉強だと「知っている」「理解する」で訳がかければいいのかもしれませんが,それだと自分で英語読むときに変になっちゃうんですよね。

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